昭和43年3月27日 朝の御理解 (魔の?)中で道に迷う・・・。とうとう日もとっぷりと暮れたしまった。いよいよ難儀をしておる所に、(?)向こうの方に木の葉がくれに、チラチラと光が見える。 「あぁ、あそこには誰か人が住んでいる人家がある。」勢いずいてその光を目当てに歩いても歩いてもその光に到達しない。ようやくな思いで到達した。一件あばら家ながらがあった。 一人の老婆が、そのいわいる主であった。一夜の宿を買わして頂くと心ようそれを招じてくれた。夜中に、とその、変な音がするので目を覚ましてみると、今まで老婆と思うておったその年寄りが・・・。恐ろしいその鬼の姿であったと。それこそ命からがら逃げ出したと言ったような話しを、なんか小さい時に聞いたような気がする(笑い)そんな話しを。ね。 真っ暗い中に、チラチラとその木の葉がくれに光が見える。
真っ暗い中だから光が見えるのである。明るい時なら見られません。ね。
けどもやはり、心に淋しかったり、怖かったりとしますから、その光を目当てに一生懸命歩いた。歩いた所がそこは怖い家であったとこう言うのである。信心を頂いて、光を求めると言う事は、そういう真っ暗い中に遠い遠い所にある光を求めるのではない。
その光を自分の足元に、自分の心の中に頂くものである。ね。だからこそおかげを受けたあかつきに、勿体ないという信心生活ができるのである。「御道の信心で一番、どういう信心がありがたいか」と「(?)良い信心か」と言うと、ね。 神様が一番喜ば。れのはどういう信心かと言うと、四神様その所、神酒のお供えじゃと おしゃった。「はーなら御酒のお供えが一番神様が喜んで下さるのですか?」
御酒じゃないぞ神酒ぞとおしゃった。ありがたき、勿体なき、おそれおおきの神酒ぞと。その中に私はその勿体ないと言うのはですね、信心を頂かしてもらって、頂かなけねばならんのは、この勿体なきだと思う。ね。もうこの勿体なきと言う信心を身に付けておきませんとね、おかげを頂けば頂くほどに間違いのない生活が出切る。おかげを落とさんですむおかげが受けられるのは、ね。勿体なきと言う事を、分からして頂いた人だけなんです。この勿体なきが分からんと、おかげを頂いたあかつきにです。段々自分で儲けだしたお金のように思える。子供達が(立派に育っていきよるのにでも?)自分の働きで子供達が育っていきよるように思える。立派な家に住まわして頂いても、自分の働きでこんな立派な家が出来たんだという風に思う。それはなと言うと勿体なきがないから。
「本当にどんなに考えてもお母さん、勿体ない事ぞ」と子供の手足が伸びよる。大学にもやる事ができ、高校にもやる事ができる。さぁ式時期にはちょっと子供達に、なに不自由のないように、着物じゃ、洋服じゃっとまぁ買うて与えれれる、その親の責任を真っ当せれれると言う事も、「あの時にはもし私が命を頂いていなかったら、これは出来ていないんぞ」という事になる。 例えて、まぁ病気なら病気でおかげを頂いた氏子がですよ、
ね。「お母さんどんなに考えてもあの時に私がおかげを受けていなかったら、子供達の 手足も伸ばん、お前達もどんなになっとったか分からんのぞ。ね、勿体ない事ぞ、毎日の(お昼参り?)ぐらいは、さぁお広前になにかという時に御用させて頂くぐらいは、 もうそっれこそ当たり前の事として、為されなければ、いよいよ勿体ない事ぞという事になってくる。所がですね、それを真っ暗い中、誰でもやはり真っ暗い中に信心を頂くんですよねほとんどの人が。ね。真っ暗ではなくてもなんとはなしに難儀な問題、困った事と言う事がです。ね。神様また御神縁という事になってくるのです。 人間の知恵やら力じゃどうにもできないものがある。 「それは神様のおかげを頂かなければ」っとまぁ半信半疑ながらも、お導きを頂くそしてその御神縁を頂くのである。本当に病気が治りますように、「病気が治りますように、どうぞここの所難儀な問題を、きり抜けさせて下さい」と例えば、経済なら経済的なことをお願いをさせてもらう、「どうぞ、どうぞ」とこれはちょうど、真っ暗い中にねもう木の葉がくれに見える、そのチラチラと見える光を求めて歩いて行くようなものです。
ね。段々お参りをする、修行させてもらう、お話をさせてもらっていくうちにです。 いわいる、分かる所分かっとかなければならんという事はそこだと思う・・・ね。 すこし調子が良くなると、もう自分の力で調子が良くなったと思う。 自分の力。「俺が、俺がおらなければ、お前達はもう俺が絶えとるけんお前だん食べられとっとぞ」「お前のもうお父さんが働いとるけんお前は学校行かれようるとぞ」
「こんな立派な家に住んでおるのも、お父さんの働きがあればこそぞ」っと口では言わんでもそういうような、ものがこことの中にいっぱい。それを我と言う。 「私が」と。ね。これではせっかくのその頂いたおかげがですね。死んでしまうと言う事はどういう事かと言うとですね。また結局、怖い思いをしなければならない。ようやく辿り付いた、あばら家ながらも光のあるうちであった。「やれやれ」と安心したのも束の間、またびっくり仰天してそこを逃げ出さなきゃならないような事にかならずなってくるのである。信心のおかげと言うおかげにもいろいろあるけれども、 だからそういう意味のおかげではつまらんのだ。「あっもうご恩を忘れんためには信心だけはさせてもらいよる」っと言ったような信心じゃダメだ。お互いがそのおかげを頂いたころにはです。自分自身の心の中に光が頂けておるものの中らなければダメだ。 いうなら自分自身の心に真に勿体無いと言うです。勿体無いの信心が、養なわれておらなければ、値打は無い。信心生活の、私は一番素晴らしい事は、ね。 ありがたき、勿体無き、恐れ多きと言うまずなんと言うても勿体無い生活だと思う。
ね。だからそこには言わば、実がいればいるほどに、(屈む稲穂のように自分というものは勿体無いもん、勿体無いと言うところに置けれる?)・・・。
「天ながくして、地ひさしく」と言うような事を申します。ね。天は限りなく、いついつまでも、もう恵に恵、与えに与えるもの、「天ながく」ね。世界中の氏子におかげがやってあるというのは、これが天はもう限りなく、人間氏子だけではない、もう生きとし生きる、生きれるものの上にです、ね。さんさんとその陽光を注ぐようにおかげはやってある。世界中の氏子におかげがやってあるのじゃ。ね。所がです。ね。 そのおかげだけは私が申しますよにですね、ありがたい時はありがたいけれども、ありがたくない時は、ありがたくない。いわいる勿体無いと言うものを見つけていないからなんです。ね。「地ひさしゅうて」というようなおかげを頂く為にはです。ね。
最近の御理解を借って言うならです。ね。無限大のおかげに繋がる為にはです。
無尽蔵のおかげを頂く為にです。ね。この「地ひさしゅうて」と言う信心ができにゃいかん・・・・・。ね。神様がいかに降るように、お恵下さるおかげであっても、お恵みであ
っても、ね。氏子に受け物が無かったら、それを受け止める事は出来ない。ね。 「地ひさしょうて」と言う事はです。農家の方々達がですね、例えば一端なら一端の田を持っておる、毎年それに肥やしをする、ね。地をいよいよ肥やしていく事に勤める。
そしてそこに稲がまかれ、籾が蒔かれ、また野菜が作られる。 もう蒔けば蒔くほどいつでも、それがもう限りなく、下から湧いてくるように頂ける。これが「地ひさしょうて」と言うのである。ほぅからかしとったら(はったらかしに)地は痩せてしまう、為を蒔かなかったらいうものは生まれない。只生まれるのは、ほうからかしとっても、どんなに地は痩せておっても、ね。したから湧いて来るものは何かと言うと「雑草」なんだ。もうこればっかりは手を入れんでも(笑い)なんぼでも生えて来る。 どっからか天がその、その天がじゃない(笑い)どっからか飛んできた雑草の種がもう そこに手を入れんでも生えてくる。しかもそれが(はびこってくる?)さぁそこに、良い物を蒔いた所でもう良い物は生まれない。そっから(植えては来ない?)。 「地ひさしゅうて」と言う事にならん。ね。だから信心はここの所が大事なんだ。 雑草を取るという事。地を肥やすと言う事。ね。その、そこん所が「地ひさしゅうて」 と言うおかげを頂かしてもろうて、そこに喜びの種を蒔かしてもらうから、ね。
無尽蔵に限りなく、無限大のおかげに繋がっていく事が出切るのです・・・ね。
昨日一昨日でしたか、お風呂入っとたら若先生が入ってきました。そしてゆっくりこんな事を私に言うんですよ。このー「貧すりゃ鈍するという事言うが、お父さんやっぱりこの人間っちいう者は貧すりゃ鈍するですね」とこう言う。誰かを見るか聞くかしたのに違いない。その鈍しておる人の姿を見たのか、聞いたのかに違いない。 「それわどういう意味なのか」と言うて私は問いただしはしなかったけれどもです。ね。本当に人間と言う者は、浅ましい、なるほど昔から言うように「貧すりゃ鈍する」
それで私はこう言う事を申しました。○「信心させて頂いておるとね、もういよいよ貧する時、いよいよ美しくなるもんだぞ」と私・・・ね。貧しておる時に、まぁ例えば今頃の時世で言うなら、そうですね百円なら百円の金、もうここに百円しかない。ね。
日頃頂いておる信心の教え、いうなら還元な還元と言うようなお知らせを頂いておる。
百円入った事がありがたい。同時に百円還元する事が実にまたありがたい。人間っちいう者は、これは千円になると惜し気がつく。ね。百円のものだったら、ね。
その惜しいどころかですね、ありがたくできる。還元それはどういう事かと言うとですね。もう自分の全財産を還元しておる事になるんですよ、金額は百円であっても。 音。そこん所が素晴らしいとですよ。ね。ですから信心が分かって行きゃ行くほどにです。これは私、え~まぁ、一の例を言うと、私があの信者時に(中島の高滝さん?)とこ辺りに、参ります、お話しに参ります。そすとそのもう帰りにどげん「いらん」っち言うたっちゃそのお米の一升。まぁー私は忘れもしない事がいっちょある。あの~あれは牛蒡の芽だったと思うな。それはなんとかどーげんかしたら食べられるとですよ。それを斬って奇麗に洗って、このぐらいの(?)と米を一升私に事ずける・・・。帰りに親教会に寄ってからそのお野菜を、そすとそのお米を、そのままお供えして帰る。ね。 これがどうでしょう、要するにお話し行くとお米をもらう。お野菜をもらう・・・。 ある時に、土居の正義さん方にお話しに行った。まぁ私は困っておる事をしっておりますから、その時お供えしてあったこのくらいの西瓜を一つ私に御下がりだからと言うてぜひ持って行けってことずけてくれた。その西瓜を教会に帰る時にお供えして帰った。 ○ある時秋永先生の所へ秋の取り入れの加勢にいった。 百姓もした事がないのが加勢に行くならそりゃ帰って邪魔になったぐらいだろうと思う。泊まり込みで二日間くらいお手伝いさせてもらった。帰りにお米五升ばかり、五升ぐらいあったと思う。事ずけてくれた。どんなにいらんと言うてもそれを事ずける。それで私は自転車後ろに乗せてから、ね。まわたりから椛目の前を通って、そしてちょっと家に寄ってから、あー、善導寺にそのまま、あー、お供えに持って行こうとこう思うた・・・。
その時に母が私にこう言うた・・・・。ね。「家に頂こうとは言わんけん、今晩一晩そればかしてくれ」て母が申しました。今晩、晩に炊く米が無かったらしい。
「あっこりゃ出来ん。これはもうお供えせんならんとやけん出来ん」と言うて私はそのまま親教会に持って行った。秋永先生のとこの袋がそのままですから、それがその秋永っていう印しがはいっておった。「こりゃ秋永ん所で頂て来たのですから、秋永の家から参って来た、らこの袋はあちらに返して下さい」と言うて、親教会そのまま持っていった。
・・・ここには今お参りを来ております、(しげたさん?)が私の酒屋時代の(豆腐さん?)だった。ここにも( ? )ね、やはりお米を事ずけてくれる。
それはそのまま、親教会にそのままお供えさせて頂いた。所がです今考えてみると どの一つでも、どの一つでもです。全部それがその時には反対の結果になったんですね。「はぁ大坪さんが話しに行きよるばってん、こげんとば貰うとん楽しみで行きよるばいの」と言ったような受けられ方を皆した事でした。もうこれは本当に驚くばかりでした。
いま私が四つ申しました、四つだからそげんでした。そして次になら「もう正貴さん方にはお話に行っちゃならん」とか、なんとかといったら結果になったんです・・ね。 もうその時のだから、その時のですね結果じゃない。その時に私はです、自分の持っとる言うなら全てのものを神様に還元して行った。還元がし良いのですよ、そうでしょうがあてものばもらったっちゃそのまま持って行ったっちゃ、いっちょん「おしげもあしげも」なからなければ、同時に不浄もない。私は思いますのに、あの~「貧すりゃ鈍する」と言うのは、信心のない者の言う事であってですね、本当に信心を頂ておれば、もう貧すりゃ貧するほど美しゅうなれれるです・・・。そしてついに体験する者、ね。 なるほど神様がですね、頂いた私のそのお米なら、お野菜なり、果物なりをです。ね。
全てが還元されておるとですね、もう家の方には、これは神様がまた特別にかならず用意をしておって下さった事ですね。もうそういう例は実を言うたら限りがないです。私のあの信心の一つの歩みというものを、紐解きますなら、そう言う時にです、なるほどこういう言わば、限りなく美しゅうなろうという、美しゅうさえなりゃです。美しゅうさえなりゃこう言うおかげが受けられる。だからここでは宅祭りの時に私が言うんです。
「ここでは宅祭りはゴロゴロはでけん、なぜかちゅうたらみ~んなお供えせんならん
ね。このお神酒一本ぐらいは家にもろうとてっちゃよか。この回だけ柄は家んまごにやろうそげなこっちゃぁいけんと私が言う。ね。たった年にいっぺんの宅祭りじゃないかと、日頃何を稽古しよるか、もうそれこそ限りなく限りなく美しゅうならして頂こうという稽古をさせて頂いて居るのに、宅祭りをすりゃいくらのいくらの金がいる事も、問題はない。
お供えも沢山頂く、ね。その日一日ぐらいもう(根から金から?)限りなく美しゅうなる稽古をさせて頂いたらどうか、そしてその限りなく美しゅうならして頂く事がいかに
気持ちがさばさばとしてありがたいものか、そして生まれてくる次の体験がありがたいかと言う事を分からしてもらう、もう(子よない?)言うならチャンスなんだ。だから信心がそこん所が分からなければ、合楽では宅祭りはでけんとさえまぁ皆思うておる、まぁ言われておるのです・・・。ね。私は思うです。貧して鈍しちゃならんです。もう貧する時ほど限りなく美しゅうなりやすいものだと。実を言うたら。百万円の財産をもっておる者がです百万円を全部還元するという事は、なかなか出来ない。けれどもここに千円しかもたんと言う人がです。もうあるっきりここ千円だけ一枚だと言う人がです。その千円を全部果たす事は、実にそれは見やすい事である。結果はどういう事かというとです。
もう自分の持ってる全ての物が還元(せやんのであるから?)です、問題はそこなんだか金額じゃなか。そしてそこからです、確信の生まれてくる信心。ね。 限りなく美しゅうなるという事がです。根限り美しゅうなるという事が、こんなにもありがたいものだ、尊いものだと言う事が分かってくる・・・・。ね。
「天ながくして、地ひさしい」というおかげを頂く。ね。天はもう何時何時までも、限りなく、これは、もう私が信心があろうがなかろうが、神様はもう限りなく与えてくださる。「神は世界中の氏子におかげをやってある」というのはそのおかげ。
同時に「地ひさしゅうて」と言うのは、地もひさしゅうておかげが受けられる、湧いてくるようにおかげが受けられるというのですけども、そこには氏子の精進がいる。限りなく美しゅうならしてもらおうという精進がいる。雑草が生えたなら、改まるという雑草を取るという精進がいる。限りなく還元させて頂く所根肥やしがいる。いよいよ時を肥やさして頂こうという、それがいる。ね。そこに、信心の喜びと言うものが蒔かれる。だから、年々再々、そこからもう無尽蔵に限りなく持っておる田は一端であっても、もし、ね。
一年にそこから十表なら十表のお米が取れるとするならばです、(量年?)すれば、
百票の限りないものが、そこから湧いてくる事になる。と言うてただ湧いてくるのじゃない、やはり籾がほしい、米がほしいなら籾を蒔かなければならん、麦がほしいなら麦の種を蒔かなければならん。同時に肥やして行く事も惜しんではならない。同時に雑草を取って行くという事も限りなく続けられなければならんのでございます。ね。
それがです、例えば還元されましても汚い心着いた還元ではいけん。汚いものしか生えやしません。ね。限りなく美しいものを還元する、ね。限りなく美しいものを、そこに種を蒔くから次に美しい種が、言わば美しい実りになってまたは花になって、そこから無尽蔵に頂けるという道理でしょうが。ね。信心をさせて頂いて、真っ暗~い中に光を求める。それは私は一番初めに私のまぁ少年時代に聞いた事のあるお話ならですけれども、ね。
真っ暗い中にはぁ~光が見える、それを頼りに一生懸命あるいて行った、ね。そういう光を求めて行くのではなくてです。自分自身の心の中に光を求めて行かなければならん。
自分の足元にこそ、光を頂かなければならない、その光というのが、今日、今私が申しますように、ね。ある場合は還元。ある場合は改まり。ね。ある場合には言わば根肥やし。ね。そういう精進に惜しむ事のない、いわいる「貧すりゃ鈍する」と言ったようなものではなくて、貧すればするほどに美しゅうなれれる、またなろうと思えばなりやすいそういう時期にです、美しゅうなっとかにゃいけない。ね。そこから与えられるものは、信心の喜びであり、心の中の光である。ね。そのはもう本当にもう大変なその雪が積もっておる、小さい家ではあるけれども、中には赤々と囲炉裏が燃えておる。ね。そういう例えば、
寒い寒いと言うような中にあっても、信心の熱情というものが燃えたぎっておるならばです。一つも寒い思いせんですむのです。「あ~寒か寒か」ガタガタ震えてから、着物一枚着せて欲しい、(まおと?)を一枚着たい。こういう信心で(まおと?)を求めたり、
着物を求めたりして行ってもしそれが与えられた所でです。それはその時だけの事、 「お母さん考えてみりゃ、あん時に自分が命を頂いた、あん時にああいう難儀なおかげを受けた、おかげが今日に繋がっておる。子供達が大学に行けるのも、ね。子供達に例えば何不自由のない生活させられるのも、こういう立派なお家に住まわして頂いておるのも、ね。神様のおかげを頂いてからこそでけたのであって、「どげん考えたっちゃお前勿体無い事じゃないか」と言うならば、家内が付いて来んはずがないです。 子供達が拝まないはずがないです。それを、「お父さんが働きよるけんお前だん学校に行かれよるとぞ、お父さんの働きでこんな立派な家が出来たのぞ」と言うようなものが口には言わんでも心の中にあるから、その立派な家に住んだ、立派な物たばたり身に着けたりする事が、ね。当たり前になる。親が子供を養うのは当たり前やないか、何とかかんとか文句言うちゃ、ね。「そげ~んアンタ神様神様っち言わんでん」っち言うて家内が言うような事になってくるんだ。これではです、ね。真っ暗い中に遠い所にある光を求めてその要約求めたその光が与えられたかと思うたら、もう次には怖い思いをしなければならないようなもとを作って行くようなものなんです・・・。ね。お互い一つどうでも、「天ながく、地ひさしゅうて」というようなおかげを受けていきたい。ね。それにはです、私供が、ね。現在こうやって信心の稽古を本気でさせて頂かなければならない時ほどにです、
いよいよ勿体無いという信心を身に着けとかなければならない。ね。私どもがです、 それこそ(こげな山積んどっても、?)ね。お金はいうならまあざくざくすぐとでけても、私は五円金でも割って使うように、お米でも、ね。一回はお返し(?)。一回はかたい麦のご飯であってもです、ね。「三度も食べちゃ勿体無いぞ」というような事がです。
それが、もう当たり前の(とろこじゃ出来るです。?)だからおかげを落とす(スキ?)がないでしょうが・・・。ね(笑い)。それは私の心の中にそういう修行中の自分にです。ね。心の中に、勿体無いという信心が頂けておれたからこそ、出来るんじゃなかろうかと私は思うです。ね。本当にあの、勿体無いという信心を頂かなければですね、 例えば今申しますように、子供にも、ね言わば主人が信心しとんなら家内にも、家内が信心しとんなら主人にも、自分の周囲に伝わっていくと言う事がありませんです。ね。
「私が働いとるけんこれが出来る」と言ったような事に段々なっていくです。
ね。それではなら結果はです、怖い事になるのはもう(日を見るよりも明らか?)。ね。どうぞ皆さん、ありがたき、勿体無き、恐れおおきを神様一番喜んで下さると言うが、ね。その中のうちの一番、私は私どもの信心の基本と言うかね?ならなければならないのは、勿体無いという信心をもういよいよ身に付けて(置くんだという風に?)私は思う出すね。どうぞ・・・・。 けんいち